2017年06月28日

国民を愚弄する安倍内閣

加計学園問題と共謀罪法案で支持率ダダ下がりの安倍内閣がまた国民を愚弄した発言をしでかしています。これから国内の獣医学部を複数設置して行く、及び既定路線だったかの、安倍晋三及び菅官房長官の発言。問題の解明や説明責任をなおざりにして、後付けの合理化正当化を図り、国民を小馬鹿にするにも程が有ります。何とか即刻安倍政権の息の根を止めなければなりません。
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2007年11月27日

報恩

 兄は母の葬式後、私と姉に「おまえ達は一度も他人に恩を返したことがない。恩返しをしない人間に恩を受ける資格はない。だから俺はお前達のことは今後一切関知しない。」と二度目の妻や、成人して結婚し立派に独立して生計を営む二人の前妻の子供達の前で言い放ちました。彼が再婚してマンションも購入したのはごく最近のことです。人並みの生活をしている点では父母の恩に報いたと言って良いでしょう。母に借金をしたまま死に目にも会えなかった私は非道いでしょう。しかし父の死や母の死に至るまでの長男としての責任は私よりも幾ばくか重いと思っています。安定するまでの行状は有り勝ちなので一々列挙はしませんが、警察庁の職員だった父がいたから今の彼が有る筈だし、父と母が言葉の応酬に明け暮れた父の死までの長い年月から最初に逃避したのは彼なのです。自分だけ終わり良ければ全て良しというのは随分虫のいい話です。また結果が出るにはまだ時間が早いのです。今後ほとんど行き来は無くなるでしょうが、結局責任放棄のための合理化を、私と姉に対し内容の乏しい非難を強弁することで彼は済まそうとしていると思います。泥々したことを随分書きましたがこれも終わりにします。とは言え、私は秋田の実家を維持し生き抜くことで私の父母に対する報恩を果たしたいと思います。
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2007年11月26日

十一月の雪

 母が亡くなった翌日の夜から雪が降り始め、翌朝には積もっていました。私の記憶では、何十年ぶりかのことと車で帰った私達は、夏タイヤのため初七日の二十三日まで全く動けなくなりました。途中で帰るつもりは有りませんでしたが、やはり母が念のため皆を足止めしたのだと思います。姉は昨日の午後から一人暮らしになりました。不安になって神経症が悪化しないよう携帯電話を預けていますが、しばしば帰省するようになるでしょう。仕事も今まで以上に頑張り、亡き父母を安心させなければなりません。兄の家族は経済的には何も出来ないと言っておりますが、心情的にも厄介者達と訣別した雰囲気でますます疎遠になっていくでしょう。
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2007年11月25日

母の死

11月17日夕方、ゴルフの仕事から会社に戻った時、兄から母の死を知らせる電話を受けました。数日前から大分悪化しているのは聞かされていましたから、週明けには帰る積もりでいたのですが兄が帰った15日から容態が急変し、私はついに間に合いませんでした。とうとうまともな親孝行が出来なかったわけで、兄には詰られました。それから一連の儀式を兄が仕切って済ませたのですが、恐らく母の僅かな資産の残りで足りた位でしょう。兄に詰られたこととそのことに関しては特に思うことは有りません。家は残し神経症の姉が残ります。兄は支援は出来ないので、私が離れてはいるものの支援していきます。実家や故郷はやはり残っていて欲しいのです。かなり難しいですが…。
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2007年11月01日

メシマコブからミセラピスト

 母親に送る茸製剤をメシマコブから味の素製の椎茸製剤(食品)の「ミセラピスト」に変えました。国産の一流メーカー製で椎茸ですから、母も飲みやすいと思ったからです。椎茸からβグルカンを抽出したドリンク製剤で、飲ん母は、椎茸の味がすると言っていました。ただ入院して二ヶ月で一度も抗癌剤を投与されていないので、病状は大分進行し、吐血と下血が多く痛みも増して、シリンジポンプで痛み止めを入れる回数も増えているので、心配は増しています。
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2007年10月10日

メシマコブ未了

 駄目元で購入し、母に勧めた「メシマコブ」ですが、本人は不味いと言って余り飲みません。頑張って生きる意欲は旺盛ですが、持ち前の被害妄想傾向が災いしているようです。飲めば悪くなるか、医師が投与する薬が効かなくなると思い込んでいるようです。
 ところが、進行胃癌と診断されて入院してから、まだ一度も抗癌剤は投与されていないのです。主治医の話しでは、初めは体力が回復していないからと言い、最近では病状が悪いからと言って、結局投与を試みていません。入院中の病院が、新聞の癌専門病院の加療五年以内の生存率ランキングに引っ掛かりもしていないのも気掛かりです。 宝くじに当たるような駄目元の試みでも、やらないことには結果が出ないのですが、時間ばかり徒らに過ぎて行きます。母の病状は着実に進行し、「中心静脈栄養」に加え、シリンジポンプで「痛み止め」も投与し始めています。お腹の張りも感じているようです。
 何の根拠にもなりませんが、本人の気丈さだけが唯一の救いです。
posted by 碌 at 12:04| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月16日

父の思い出

 父の趣味は、山、川、潟、海。若い頃から登山や山菜取り、川釣り、海釣り、素潜り。趣味と実益を兼ね、獲物が取れると必ず食卓を賑わした。田舎の秋田で一旦外に出ると、日が暮れるまで飽くこと知らなかった。私と兄が付いて行くようになってからもその傾向は衰えることなく、共に時が経つのを忘れて自然と戯れた。父がいるときは兄弟は仲が良かった。春から初夏は、毎年種類ごとに決まった山に入り山菜取り。バッケ、タラの芽、タケノコ(笹)、ミズ、山葵、蕨、コゴミ、ショデコ、アイッコ、シドケ、ホンナ、ノブスマソウ、蕗など。川釣りでは山女、岩魚釣り。初夏から夏、秋にかけては海釣りと素潜り。海釣りは獲物により、砂浜や港、防波堤や岩場を渡り歩いて、鱚、アブラッコ、鰈、鯊、黒鯛、鱸、メバル、イナダ(鰤の子供)、鰯、鯵、鯖、サヨリ、カマスなどを釣った。素潜りでは、岩場か防波堤が多いが、紫ウニ、栄螺、鮑(秋田は少ないし漁師さんに遠慮して余り取らない)、牡蠣(防波堤)が取れた。昔はたくさん取れたので、漁師さんもうるさくなかった。そうそう、夏の終わりから秋口には砂浜からスネないし腰まで海水に浸かってツイストを踊り、足の裏でアサリ(朝鮮ハマグリ)を探したものだ。台風が日本海を通り過ぎた後など、砂浜の穴を掘ると幾らでも出てきた。秋は茸。これも採る種類によって山を変える。松林でアミッコ、初茸。低山で金茸。高い山ではナメコ、舞茸、沢モダシ。潟の鮒釣り。兎に角季節ごとに獲物が豊富で余あった。余り採って帰ると処理が大変なので、母親が本気で怒った。ウニなど、朝、大型のクーラー一杯を持ち帰り、昼までに開け終わると大きなざる一杯になり、昼からは宴会である。もう今は海が荒れ、獲物も少ないしやってはいけない。
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2007年09月14日

兄の話

 兄は、現在兄弟の内で最も収入的に安定し、家庭及び仕事とも充実した生活を送っている。昔高校の頃親を無視して勝手に家を出て生活したり、社会人になって間もない頃飲酒運転で同乗者に怪我をさせた以後は、転職は私と同様多いが順調にキャリアアップして、同世代なりの地位と収入を得ている。その間一度離婚はしているが、前の妻に預けた二人の子供達には養育費を送って育て上げ、現在も頻繁に行き来している。本人は数年前に再婚し、新しいマンションも購入し、世間一般的には申し分のない暮らし振りである。
 彼は再会してから事有るごとに自分の充実振りを引き合いに出し、「お前は折角良い学校に入っても、その後いい加減に暮らしてきたから今大した社会的地位が無いんだ。それを認めろ。」という。私は、「これまで兄さんが頑張ったから、今は立派だね。」というが不満らしい。多分心から羨ましく思い、祝福しなければ気が済まないのだろう。その後今の嫂が兄に「私が以前借りて返して無い借金以外に、新たな借金を重ね病床の母を苦しめている。」という話を伝えたらしく、兄から「お前は人間として許せなく最低だ、恥を知れ、今のままだと絶縁する。」旨のメールが届いた。勿論過去の借金を返し仰せてないことに憤りを感じたならまあ話が分かるが最近の新たな無心の件は彼女の思いこみによる創作である。弁解するのも馬鹿馬鹿しいが、兄には新たな借金も無心もしてない旨のメールだけしておいた。しかし病床の母が、嫂の創作の元ネタを提供していたなら話が信憑性を帯びてややこしくなり、私は母を可哀想と思う気持ちがあっても、見舞いに行く動機を薄めると思っている。父の件も記憶の底から甦ってくる。
posted by 碌 at 16:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

姉の病

 姉は兄に続いて高校卒業後に埼玉の病院に看護学生として入学し、准看取得後其の病院に勤務し、たまたま骨折で入院した都下の職人さんに見初められ、結婚した。都下での結婚生活は当初順調であったが、姉がパートで看護婦を始めたは良いが、新しい職場で環境に馴染めず、業務にも付いていけなくなり、精神が不安定になってしまった。病気は見る間に進行しいくつかの病院で療養を続けたが良くはならなかった。その内に姉の夫の方が音を上げた。兄と私が間に立って、幾ばくかの手切れ金を以て姉が離婚したのはそれから僅かの年数の内であった。小学生の娘が一人いたが別れた夫側が引き取った。
posted by 碌 at 07:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月13日

父の死と兄弟の不和

 父が発見されたのは、実家の裏手の住宅街の先の、田の脇の用水路であった。二十年余り前の田舎の冬は、十二月の初めとも成ると夜は氷点下をかなり下回り、飲酒後に路上で寝込んで凍死する者も多かった。その夜晩酌後に母と諍いをして泥酔状態で家を出た父は、其処に到って眠り込んでしまった。他の酔っぱらいと同様頓死であればままある不運であったが私は今でもそうは思っていない。兄弟が不和となったのは、父の七回忌が訪れる前のお盆である。夕方飲酒後、父の死の原因についてと、私が母に借金が有ることが薄々ばれた件で、取っ組み合いとなった。自分に非がある私は左程抵抗せずに殴られ唇が切れて流血ざたとなった。執拗に殴りかかる兄に、私は仕様がなく母や姉に警察を呼べというと、彼は殴りかかるのを止め、「家族が滅茶苦茶になるから止めろ!」と制した。やがてしずかになった兄が寝静まるのを待ち、私は姉と母に別れを告げ深夜の街を駅に向かった。爾来十数年間兄弟は互いに音信を閉ざした。もうこのまま二度と会うこともないかも知れないとまで半ば観念していた。ところが今回母の胃癌が発覚し、事は急を要するため過去のことはさておきと考え敢えて私から電話をした。それがまた話が蒸し返して一方的に罵られている。勿論このような情況に至り、長い年月が有ったにも拘わらず一向に返しおうせて無い自分が、絶対的に悪には違いないが…。兄とは暫く仲の良い時期も有ったので、余計に裏切られて憎さ百倍という気持ちが持続しているのかも知れない。憎しみが再燃し、容易に消えないのであれば、もはや離れて見ているしか私には術は無いのだろう。
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母と父

 母と父は私が物心ついた頃より喧嘩が絶えず、仕舞には暴力に及ぶ父を避けてよく母に連れられて夜中外へと逃げた。先ず兄が高卒後就職上京で逃げだし、次いで姉、私の順であった。今にして思えば、父は母の根拠の無い罵詈雑言に業を煮やした末に、暴力に及んでいたのだとわかった。母は当時更年期に差し掛かっていたし、被害妄想気味であった。我々兄弟や姉にもその資質が受け継がれている。私が転勤で上京した年の冬のある日、父はいつもの喧嘩に業を煮やしてたが、暴力に及ぶことなく自ら避けて外に出た。飲酒後のことで、その年の冬の訪れは早くしかも厳しかったのが災いしたのか、或いは…、父は消息不明となってしまった。数日後兄弟は帰省してともに立ち回りそうな山野(父は若い頃から一人でも山野でキャンプをしていた)を含め、親類と協力して捜した。しかし、父が見つかったのは意外に家の近くであった。見つけたのは地元の警察である。
posted by 碌 at 03:02| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

 長く神経症を患う姉は、医者から処方されている抗鬱剤が日常生活を行う上で不可欠である。母の病状に好転の気配が全く無く、兄夫婦と私との軋轢の狭間で彼女なりに良く頑張ってくれていると、側に居れない私は申し訳なく、また少し頼もしくも思っている。私自身は、今独り身である姉の面倒を見ていく覚悟はもうしているが、何分兄夫婦の出方次第である。母のにその時が訪れても実家が残る形が望ましいのだが、今の私には何も言う権利は無いようである。母の抗癌剤治療は来週から始まるらしい。
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2007年09月10日

兄さんへ

前略
 母さんに金を借りている件は事実であるし、現在残高は多くて340少なくて300万の筈です。兄さんと仲違いした以前の話であり、周知のことなので喧嘩になったと認識しています。それ以降も転居の際に急遽借りたことは有りますが、その都度振込みで返済しています。しかし大きな額は今まで返せてないので、勤務先が安定したこれから返していこうと思っていた矢先に母さんの胃癌がわかりました。取り敢えず顔を出さなければということで、一旦送金していた5万を母に話して戻してもらったのです。それ以外の情報については私は何ともコメントのしようが有りません。とはいえ母に借財が有りまだ返せてないは事実なので、非道い次男だと言われても致し方ないと思っています。それを持ってして、「絶縁する」とか「人間の屑」とかは些か、という気がしますが。とは言え返すものは有り、返す積もりが有っても貯蓄が無いというのが現状です。私は出来る上限で出来ることをしていきます。母に見舞い禁止、実家に出入り禁止というのならそれも長男である兄さんが決めることだから仕方が有りません。ただそうと決めたなら、その事実は必ず母に伝えて下さい。繰り返しますが私は自分で把握しているものを+αして返していく積もりは有りますが、この先母さんから何も貰い借りる積もりは有りません。
 姉については、そちらでその積もりがないと聞いてます。私は一応独身ですから、少し広い転居すれば借家住まいでも食わせること位は出来ると思います。
怱々

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2007年09月08日

想像罹患

母親が胃癌で、食事が胃から落ちていきません。少しでも違和感が有ると食べたものが戻ります。そのため感染症のため一旦やめた中心静脈栄養という措置をまた行っています。食べたものが胃から落ちていかないとはどういう感覚だろうと、四六時中考えていたら、自分も食道に違和感を覚え、ものを飲み込みず辛くなってきた。母親には恩返しが足りないと、かなり客観的に思っているものの、現在同居の姉がそうであるほどの情を抱いているとは言えない、にしてもである。数日その状態が続き、昨晩、刻み葱たっぷりの99ショップの蕎麦(流水麺タイプ)を食べたら、ほぼ気にならなくなってしまった。葱の効果か…。母親の病状は小康を保っているが、改善してはいない。
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2007年09月03日

メシマコブ3

ちなみに八ッ目製薬株式会社で販売のメシマコブ製品の「キングメシマコブ」顆粒は一包3gで30包入り1箱37,800円(税込み)でしたが、他社のマイクロパウダーの製品は500mg1包で30包入り39,800円でした。どういう放送基準でどっちが得かはよく分かりませんが...。
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メシマコブ2

先日に引き続き、現在医薬品としては日本ではまだ未認可ですが、抗癌作用が数種のデータで一応実証され、また今後期待もされている「メシマコブ」について記事を書きます。茸の一種で和名「メシマコブ」と言い、日本では長崎県男女群島の女島(メシマ)に自生する桑の木に、コブ状≠ノ生えていたからその名がついたようです。生状としては「サルノコシカケ」のように柄がなく直接木から映えている感じだそうです。その成長は遅く天然ものだとこぶし大になるまで10年以上かかります。この茸の抗癌作用が確認されたのは今から39年も前で、国立癌センターの池川哲郎氏らの研究グループによってです。茸類には元々食用や民間薬用に用いられていたほとんどの種大なり小なりの抗癌作用(効果があるかないかは個体差がある)は確認されていたようですが、当時の測定結果では(恐らくラットによる実験と思いますが)腫瘍阻止率が96.7%(一定量投与後の完全退縮率)だったそうです。比較されたカワラタケからは「クレスチン」、シイタケからは「レンチナン」という抗癌成分が分離検出されましたが、腫瘍阻止率はカワラタケが77.5%、シイタケが80.7%でメシマコブが断突でした。日本では天然もののメシマコブが限られたところでしか採れず、培養方法も確立が難しいとされその後忘れられた存在となりました。しかしお隣の韓国ではメシマコブの研究が地道に続けられて、1990以降に菌糸体からの製剤化に成功し、1993年10には韓国政府から正式に医薬品としての認可を受け、現在大学病院など多くの医療機関で癌治療に用いられ、臨床での高い成果が日本にも続々と伝わり、今改めて見直されているようです。茸の中には多糖体が多く含まれ、β-グルカン、α-グルカン、賛成ヘテログルカン、キシログルカンなど多くの多糖体が含まれています。メシマコブには「βグルカン」が群を抜いて多く含まれ、中でも「β(1→3)Dグルカン」が最も抗癌作用が高いようです。私は胃癌(進行・食事制限)の母に顆粒のものを一ヶ月分購っていき、主治医の許可を得て(健康食品であるため化学療法と併用化)本人に勧めましたが、顆粒だったためお湯に溶かしてもどうも飲み辛かったようです。今回は少し辛抱して服用してもらい、次回は液状のものを持参しようと思っています。やはりこれも八ッ目製薬株式会社で販売していますが、私が行ったときはちょうど切れていましたから予約しておく必要があるでしょう。製品としては商社経由の韓国からの輸入品です。兎に角主治医の話では少しでも食事が出来れば体力が回復し、化学療法も徐々に進められるということなので、併用効果を期待して続けさせたいと思っています。ただ本人には告知はしてあるのですが余り信じていないようで危機感が薄く、不味いといって服用を渋っているので何とかうまく継続させる必要があります。少しもらって味見をしましたが、顆粒を溶いたものでも殆ど無味無臭で決して飲み辛いものでは有りませんでした。粉っぽいのが苦手な方は、液状のものを水で割り冷蔵庫に冷やして適量摂取するようにすれば、麦茶やお茶を飲む感覚で楽ではないでしょうか。
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2007年08月29日

メシマコブ

週末また秋田に帰ります。中年ですが、青春18切符というチケットを利用します。1回につき一日乗り放題で、五回利用出来、複数人数でも使える優れものです。時間さえあればこれほど安い切符は有りません。少し急ぐときは一部新幹線を利用すればコストとスピードの調整も可能です。本当は高校生辺りが利用すれば最も利用価値が発揮できるものですね。おじさんが使って申し訳有りません。母には、浅草の八ッ目製薬株式会社の「メシマコブ」の顆粒を土産にしました。一日一包三十日分で37,800円程しますが、進行胃癌でも効果があった実例と記録が、同類の菌類で最も優れているようなので…。少しでも効果があれば拾いものです。この件に関しては続けて記事を書いて行きます。
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